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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3874号 判決 1973年11月29日

原告

市山ミツエ

ほか一名

被告

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告市山ミツエに対し一九四万七、九二八円、原告市山吉実に対し二九九万五、八五七円および右各金員に対する昭和四五年一月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その一を被告らの連帯負担とし、その三を原告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(本位請求)

「被告らは各自、原告市山ミツエに対し七一五万七、〇〇〇円、原告市山吉実に対し一、二三一万四、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四五年一月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(予備的請求)

「被告国は、原告市山ミツエに対し一六六万六、六六六円、原告市山吉実に対し三三三万三、三三三円および右各金員に対する昭和四八年七月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告国の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告国

(本位請求につき)

「原告らの被告国に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決、原告ら勝訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

(予備的請求につき)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

三  被告国土道路株式会社(以下被告会社という。)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因(本位請求)

(一)  事故

市山資熙(以下資熙という。)は、昭和四五年一月一八日午前一時頃、原動機付自転車(狭山市五八六八号、以下本件原付車という。)を運転して国道一六号線を川越方面から狭山市方面へ向け走行中、狭山市新狭山一丁目三番五号先の同国道のアスフアルト舗装工事現場において、未舗装車線と舗装車線との境目に存した段差に乗り上げ、ハンドルをとられて転倒し、頭蓋底骨折等の傷害を受け、因つてその頃同所において死亡した。

(二)  被告らの責任

1 本件事故現場である国道一六号線は、道路法一三条にいう指定区間であつて、その維持、修繕、その他の管理は建設大臣が行い、その現実の事務は、建設省関東地方建設局大宮国道工事事務所が担当していたものである。

被告会社は、昭和四四年一一月四日、関東地方建設局長から、狭山地内修繕工事として、右国道の本件事故現場を含む狭山市下奥富地先(以下工事区間起点という)より川越市原新田地先(以下工事区間終点または工事区間始点という)までの約一・一キロメートルを、工期が昭和四四年一一月五日から昭和四五年三月二四日までとして舗装工事を請負い、本件事故現場を占有していた。

2 事故現場道路は、車道の幅員が約一一メートルであるが、これを三車線に区分し、上り(狭山市、八王子方向)二車線、下り(川越方向)一車線に使用され、上り二車線のうち中央側車線の舗装工事は完成していたが、外側車線の長さ約四二二・五メートル(前掲工事区間のうち工事区間起点から川越方向に)の部分は、路盤工事を終えただけでアスフアルト舗装工事は未完成であつて、中央側車線の舗装部分より約六センチメートル低く、舗装された中央側車線と未舗装の外側車線との境目に段差が生じ直角の段状を呈し、摺り付けを施すなどの措置がなされていなかつた。

3 右段差は、二輪の原付自転車等にとつては、転倒の危険性があつた。

片側二車線の道路を進行する車両は、二車線をフルに活用し、追い越し等があれば勿論、これがなくても外側車線から中央側車線に進入することはよくあることである。右段差は、四輪または三輪の自動車なら格別、二輪の原付自転車が斜めから乗り上げると、車輪がスリツプして重心を失い、転倒する危険性のあることは明らかである。現に、本件事故三日前の昭和四五年一月一五日の夜間、訴外大畑正次が原付自転車を運転し、本件事故現場附近の段差に乗り上げて転倒し、重傷を負つた事故がある。

4 およそ道路の管理者たる者は、道路を常時良好な状態に保ち、破損箇所は速やかに修繕することは勿論、修繕途上においては、危険箇所を伴うものであるから通行止にするか、さもなければ夜間は危険箇所附近に赤ランプ等の標識を掲げて通行車両に注意を促し、または危険箇所には乗り入れさせないような柵を設置するなどして事故の発生を未然に防止すべきであるのに、本件現場附近は人家がまばらで街燈の設備がないため夜間は暗く、前記段差の状況を確認することは容易にできない情況であり、また事故現場附近には段差に沿つてその存在を示し注意を促す何等の標識もなく、ただ川越方面の工事現場始点から約五〇ないし一〇〇メートル手前(川越側)の左側歩道上に「段差注意」と記載された立看板が置かれていたのみで、そこにも赤ランプ等危険を表示して注意を促す標識を設置せず、右立看板も夜間は看過されやすいものであつた。

5 なお、被告らは、本件事故発生後、前記未舗装部分の通行を禁止し、該段差にそつて円錐形のセイフテーコーンやバリケードの柵を設置し、未舗装部分への進入車両のないようにしている。

これは、被告らが事故当時の道路の管理に瑕疵のあつたことを認めたものである。

6 よつて、被告国は、本件道路の管理者として国家賠償法二条一項により、被告会社は、その占有者として民法七一七条一項により、原告らの被つた損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

1 亡資熙の逸失利益

(1) 給料、賞与分

亡資熙は、大正一一年八月二五日生れ(事故当時満四七才四ケ月)であつて、訴外株式会社ナシヨナルマリンプラスチツクに工場長として勤務し、事故前一年間給料、賞与の収入として、計一八一万二、七〇〇円を得ていた。

右会社の就業規則によると、従業員の定年は満六〇才であるから、資熙は本件事故にあわなければ、満六〇才に達する昭和五七年八月二五日まで一二年六ケ月間就労し、毎年少くとも右程度の収入を挙げ得たはずである。そして、同人の生活費その他の支出は収入の二五パーセントであるから、年間の純利益は一三五万九、五二五円であり、定年までの純収益の昭和四五年一月一八日の現価を、ホフマン方式により中間利息を控除して算定すると、一、二九三万五、〇〇〇円(一、〇〇〇円以下切捨)となる。

(2) 退職金分

亡資熙は、本件事故がなければ、定年に達する右期日まで右会社に勤務し、同人が入社した昭和三九年一二月一日から通算すると、一七年八ケ月勤務して定年退職したはずである。

右会社の退職金に関する定めによると、定年退職の場合の退職金は、勤続一七年で退職時の「基本給料」の一六ケ月分、その後は一ケ年間につき一ケ月分ずつ増加し、一年未満の端数ある場合は月割によることとなつている。

資熙の事故当時の基本給料は、一ケ月一〇万一、五〇〇円であり、定年退職時の基本給料も右金額を下ることはないので、この金額を退職時の基本給料として一二年八ケ月後の定年時の退職金の昭和四五年一月一八日の現価を、ホフマン方式により中間利息を控除して算出すると、一〇二万五、〇〇〇円(一、〇〇〇円以下切捨)となる。

原告らは、右会社から資熙の退職金として四八万七、八〇〇円を支給されたので、資熙の退職金に関する逸失利益は定年時に受けるべき退職金の現価から右金額を控除した五三万七、二〇〇円となる。

2 原告らの相続

原告らは、資熙の死亡により、右損害賠償請求権を相続し、原告ミツエは妻としてその三分の一である四四九万〇、七三三円、原告吉実は唯一の子としてその三分の二である八九八万一、四六七円を各取得した。

3 原告らの慰謝料

原告ミツエは、昭和二一年七月二九日資熙と結婚し夫婦の仲も円満で幸福な家庭生活を送り、経済的にも資熙の充分な収入に支えられて生活していたが、本件事故による資熙の突然の死によつて、精神的、経済的な支柱を失い、生活の収入を得るために自ら働かなければならなくなつた。

原告吉実は、事故当時、大学三年に在学し、生活費学資とも資熙の収入によつて支えられていたが、本件事故により自らの労働によつて生活費と学資を稼ぎながら学業を継続している実情にある。

このような一家の支柱を失つた原告らの精神的苦痛は甚大であり、その苦痛に対する慰謝料の額は、原告ミツエは二六六万六、六六七円、原告吉実は三三三万三、三三三円が相当である。

(四)  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、原告ミツエにおいて七一五万七、〇〇〇円(一、〇〇〇円以下切捨)原告吉実において一、二三一万四、〇〇〇円(一、〇〇〇円以下切捨)および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四五年一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  原告らの予備的請求原因

(一)  仮に、本件事故が道路の管理の瑕疵に基づくものでないとすれば、他の自動車が資熙の運転する本件原付車にいわゆるあて逃げし、それにより同入は死亡するに至つたものであり、その自動車の保有者が明らかでないため被害者である原告らは自賠法三条による損害賠償の請求ができないから、被告国は同法七二条により、原告らの損害をてん補する義務がある。

(二)  原告らの本件事故による損害は前記のとおりであるが、被告国のてん補額は、自賠法施行令二〇条、二条により五〇〇万円を限度とするところ、原告らの被つた損害は前記のとおりこれを超えることは明らかであるから、原告らは被告国に対し、原告ミツエにおいて一六六万六、六六六円、原告吉実において三三三万三、三三三円およびこれらに対する予備的請求をした日の翌日である昭和四八年七月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告国の答弁ならびに主張

(一)  原告らの本位請求原因(一)の事実中、資熙が原告ら主張の日時、本件原付車を運転してその主張の国道をその主張の方向に進行し、その主張の場所附近において転倒し、その頃死亡したことは認め、その余の事実は不知。

同(二)1、2の事実は認め、同3ないし5の事実は争う。

同(三)の事実のうち、原告らと亡資熙との身分関係および相続関係は認め、その余の事実は不知。

(二)  資熙の転倒原因は、(1)事故現場に同人の運転していた本件原付車のものとは思われないホイルキヤツプとウインカーガラスの破片が落ちていた状況、(2)事故直後現場に急行した狭山消防署員藤原雄夫が現場附近に停車していたタクシー運転手から「あて逃げだ」「轢き逃げだ」「俺も見た」と言つているのを聞いていること、(3)本件原付車のマフラーが右側から押しつぶされるように変形し、マフラーの表面上には灰色着色材料の擦過的附着があること、(4) 本件原付車のスリツプ痕跡の状況、(5)資熙の遺品の散乱状況、(6)資熙着用のヘルメツトの頭頂部が割れ、同人が頭蓋底骨折を受けてこれにより死亡した事実等からすると、資熙は本件原付車を高速度で運転進行中、中央車線を逆行する下り車両、同車線を進行しあるいは外側車線を進行して本件原付車を右側方から追越そうとした上り車両に、本件原付車の右側マフラー附近を強く接触されてハンドル操作の自由を失い、大きくもんどりを打つて頭頂部・左肩部附近から路面に転倒したものと推認される。

(三)  被告国の本件国道に対する設置または管理には瑕疵はなかつた。

1 本件道路の補修工事は、舗装打換を内容とするものであり、その施行過程は、先ず路盤工事を行ない、次いで舗装工程に移り、基層工、表層工の順でアスフアルト舗装工事を行なうものである。

2 本件国道は、昼夜交通量が極めて多く、たとえ工事施行区間だけであつても全面交通禁止にすれば、利用者に多大の迷惑を蒙らせることは明らかであるから、工事施行中も該道路の三車線のうち少くとも二車線を開放し、上下各一車線を確保して通行者の便を計りつつ、工事を進めることを配慮し、先ず下り車線は、昭和四五年一月一三日工事区間起点(狭山市下奥富地先)より川越方面に向つて六〇〇メートルの、次いで同月一五日同方向にさらに四四〇メートルの各舗装工事を施工し、上り車線のうち中央側車線は、同月一四日工事区間起点から同方向に五八五メートルの、同月一六日同方向にさらに四五五メートルの各舗装工事を施工し、外側車線は、同月一七日工事区間終点から狭山市方向に六一七メートルの舗装工事を施行し、この先本件現場を含む長さ四二二・五メートルの部分(工事起点に至る)は路盤工事を終えていたので同月一九日から舗装工事を行なう予定であつた。

本件現場の右未舗装部分(外側車線)は、舗装を終えた部分(中央側車線)より約六センチメートル低い状況であつたが、未舗装とはいつても路面はアスフアルト安定処理がなされ、車両等の通行に何ら支障のない状況であつたので、道路管理者において、工事休止中の夜間は右国道の交通量の極めて多い実情を考慮して一般交通の用に供していたものである。

3 右未舗装車線を一般交通の用に供するに際しては、車線の進行方向に横断状に出来る既に舗装された部分と未舗装部分との境目に生じる段差には摺り付けを施し、諸車両ががスムーズに舗装部分から未舗装部分に進行できるように配慮してあつた。

しかし、未舗装部分の外側車線と中央側車線との境目に出来る進行方向に縦断状の段差には右の如き摺り付けは施してなかつた。

これは、本件工事現場の道路が直線地帯であつて、その間には右折進行路となる箇所もなかつたので、未舗装の外側車線を進行して来る車両が敢えて中央側車線に進入することも考えられず、且つこれまでにも右様の段差に乗り上げて転倒したなどの事例も全くなかつたからである。

4 本件未舗装車線の進行路手前の左側歩道寄りには、本件国道が工事中であり路面に段差部分のあることを示す各種の標識を立て、通行車両の運転者に警告の周知徹底を配慮していた。すなわち、外側車線の未舗装部分と川越側既舗部分との境目から手前、川越市方向に向い、約三〇メートルの地点に「工事中」および「徐行」の標識、約一〇〇メートルおよび約一九〇メートルの各地点に「この先段差あり」の反射式標識、約五九〇メートルの地点に「工事中」および「徐行」の標識と夜間でも認識しうる赤色回転灯標識、約七〇〇メートルの地点に「この先段差あり」の反射式標識が各一基それぞれ設置されていた。

5 本件現場道路は、夜間の工事休止中でも通行車両の運転者が運転者としての最低限度の諸注意を払つて進行しさえすれば、安全に進行し得るだけの諸設備と標識とを設けて通行の用に供したことは前記のとおりであり、道路管理者としては、公共の福祉の観点から個々の安全に対する措置は一般的に必要な処置を施せば足り、違法あるいは諸注意を怠る者に対する救済措置まで考慮する必要はないから、本件現場の未舗装部分を通行の用に供したことには瑕疵はない。

6 原告らは、本件工事現場の場合、道路管理者は、右段差にそつてその存在を示す赤ランプ等の標識を並べ通行車両に注意を促し、または未舗装部分から既舗装車線部分に進入することのないような柵を設置する等して、事故の発生を未然に防止する措置を講ずべきであつた旨主張するが、車線間の段差にそつて標識等を設置するのは、本件道路の車両の通行状況からみて、単に通行の邪魔となるに止まらず、車体に接触しまたは風圧で転倒して大事故の発生原因となる虞れが極め大きく、危険物を路上に設置するのと何ら異ならない。

本件事故後、未舗装部分に柵等を設けて通行止にしたのは、被告国が本件道路の管理の瑕疵を認めたためではなく、事故当日午前八時過ぎから本件事故に関し所轄警察署において実況見分を行なうことになつていたので、同署からの要請に基づいて通行止にし、さらに引続いて舗装工事を実施する予定であつたため、そのまゝ存置したものであつて、事故発生に基づき危険であると認めての措置ではない。

7 原告らは、二車線の道路を通行する車両は二車線をフルに利用し、外側車線から中央側車線に進入することはよくある旨主張するが、原付自転車は道路左側に寄つて通行しなければならない(道交法一八条第一項)から、中央側車線寄りに通行したり、同車線に進路を換えることはよほどの特段の事情のない限り予測されないことである。

原告らは、原付自転車が六センチメートルの段差に乗り上げると車輪がスリツプして重心を失い、転倒する危険がある旨主張するが、原付自転車は、毎時三〇キロメートル以下の速度で進行すべきであり(道交法二二条、同法施行令一一条三号)、特に本件事故現場手前には徐行等の前記各標識を設置してあつたから、これらを無視して進行すれば危険ともいえようが、通行方法や制限速度を遵守し前方注視を怠らずに進行すれば、本件段差は何ら危険となるものではない。

8 道路工事現場における標示施設等の設置標準および道路工事保安設置基準等に関する建設省道路局長の通知、通達は、いずれも現に工事を実施中のものに関するものであり、工事休止中の場合の標識等の設置については一定の基準はなく、右通知、通達の適用はなく、各道路管理担当事務者の判新によつて設置されている。

本件工事の場合も、事故当時は工事休止中であつたから、右通達等の適用はなく、未舗装部分も表面にアスフアルト安定処置を施し車両の進行に支障のないようにして通行の用に供したものであるが、道路の形状に対する警戒注意標識は「この先段差あり」の反射式標識の設置をもつて充分であつてこれに「工事中」「徐行」の標識を加えれば、一般の通行者に対する警戒保安標識としては足りるものである。

(四)  本件事故は、資熙自らの重大な過失に因るものであり、道路の管理保存の瑕疵とは何ら関係がない。

1 資熙は、平常原付自転車を運転して本件現場道路を毎日の如く通行していたものであるから、現場附近の工事の進捗状況および相当長区間段差のあることは知悉していたものというべく、仮にそうでなかつたとしても、資熙の運転する原付自転車の前照灯が道交法所定の照射距離を有し、同人が正常な運転をしていた限り、前記各標識に留意し、本件現場附近が工事中であり、段差の存することは十分に知り得たはずである。

2 資熙は、事故前夜、東京都内において、飲酒したうえ、本件原付車を運転して帰宅しようとしていたのであるが、深夜にもかかわらず黒色のサングラスをかけており、飲酒運転自体が危険この上もないばかりか、前方注視さえ不十分な状態で走行していたと推測される。

本件現場の未舗装車線が前記のとおりの状態であつて何等車線変更の要もないのに、資熙の本件原付車が段差に乗り上げて転倒したとするならば、同人が飲酒運転のためハンドル操作の自由を失つたか、前記諸標識に気付かないまま先行車を無理に追越そうとしたか、併進車両に接近されて進路変更を余儀なくされたかのいずれかと推測される。いずれにせよ資熙が本件段差部分に乗り上げたため転倒したとしても、この段差が約六センチメートル程度であるから、資熙自身の運転方法の過ちによるものであつて段差に由来するものではないというべきである。

(五)  以上のとおり、本件道路の設置、管理には瑕疵は存しないが、仮に何らかの瑕疵が存するとしても、資熙の転倒による死亡は、前記のとおり、同人の運転上の重大な過失に起因するものであるから、損害賠償額の決定についてはこれを斟酌すべきである。

(六)  原告らの予備的請求原因事実については、資熙の転倒原因が自らの重大な過失に因るものであることは前記のとおりであるから、その損害を政府の保障事業からてん補すべきではない。

仮に、資熙の転倒原因が、他車両に接触されて運行の自由を失つたことに因るものであるとしても、同人には前記のとおり重大な過失があるから、損害賠償額の決定につき、これを斟酌すべきである。

四  被告会社の答弁ならびに主張

(一)  三(一)、(二)と同旨(但し、被告会社が本件事故現場を占有していたとの点を除く)

(二)  被告会社は、本件現場道路の占有者ではなく、また、土地の工作物の設置または保存には瑕疵はない。

1 工事に伴う道路の閉鎖開放は、道交法八〇条に基づき、「工事又は作業を行なう場合の道路の管理者と警察署長との協議に関する命令」(昭和三五年総理府、建設省令二号)により、道路の管理者(本件においては被告国)と所轄警察署長(本件においては、狭山警察署長)との協議で定められ、実施されるところ、被告会社は、被告国の監督の下に本件舗装工事を施行していたものであつて、工事休止中の夜間(本件においては事故前日の午後七時以降)は一般の通行の用に供し開放されていたものである。

したがつて、被告会社は、事故当時、現実に工事をしていたわけではなく、事故発生場所の占有者ではないから、民法七一七条一項の責任はない。

2 被告会社は、道路管理者と交通取締当局の指示に従い、かつ事故防止を考慮し、本件現場道路が工事中である旨の諸種の標識、立看板、回転灯など(その概要は、被告国主張二(三)4のとおり)を設置し、事故の発生を防止するための必要な注意をつくしていたから、本件土地の工作物の設置または保存に瑕疵はないというべきである。

被告会社は、右標識等には夜光塗料を用いて夜間でも認識できるようにしてその設置方向も見易いように配慮し、さらに工事現場近くに事務所および係員宿舎を設けて標識や工事現場の異常の有無等に注意を払い、安全の確保につとめており、事故前夜の午後一一時頃にも、被告会社工事主任外一名が自動車で工事現場全域を点検し、標識等に何らの異常はなく、回転灯も正常に作動していたことが確認されている。

3 現場附近が暗くて工事現場および段差の状況を確認するのが困難であつたということはない。

現場道路の沿道には、工場の看板や水銀灯などがあつて、それほど暗くはなく、かえつて資熙は毎日バイクで現場を通行して工事標識、看板および道路の状況等を十分に知悉し、事故当時にはサングラスをかけて走行していたほどである。

第三証拠〔略〕

理由

一  資熙が原告ら主張の日時頃、本件原付車を運転して、その主張の国道をその主張の方向に進行し、その主張の場所附近において転倒し、その頃死亡したことは、当事者間に争いがない。

二(一)  原告ら主張一(二)1、2の事実(被告会社が本件事故現場を占有していたとの点を除く)は当事者間に争いがない。〔証拠略〕

(二)1  〔証拠略〕によれば本件事故からほどなく行なわれた警察官の実況見分時に上り中央側車線中央部(別紙1図面<イ>)に資熙の死体が同所から七、八メートル位離れた川越寄り上り外側車線上(同図面<ロ>)に本件原付車がそれぞれ倒れており、資熙の倒れていた<イ>地点より約一九メートル川越寄りの縦段差(舗装された中央側車線と未舗装の外側車線との境目の段差をいう。以下同じ)沿いの中央側路面(同図面<一>)には本件原付車の右側ステツプによると思われる長さ約一・四メートルの擦過痕が、さらにそれから被害者の倒れていた位置から中央線寄りの地点(同図面<二>)に向う、長さ〇・五ないし〇・九メートル位の三条のスリツプ痕が断続的に付き、さらにそれから長さ〇・五ないし三・八メートル位の同車のステツプによると思われる擦過痕五条が印され、その終点部(前記<二>)には路表をえぐるような深い擦過痕が七、八条並んで付いていたが、さらに右<二>地点附近より、被害車両転倒位置(前記<ロ>)に向つて、引きずられたような約一・七メートルおよび四メートルの擦過痕があつたことが認められ、藤原の証言中右認定に反する部分は〔証拠略〕に照らし措信できず、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件事故発生から右実況見分に至るまでの間現場の状況につきなんらかの変更が加えられたか否かを明らかにするべき証拠はない。

2  〔証拠略〕によれば、資熙は、当時、風防付ヘルメツトをかぶり、オーバーを着用していたが、前掲実況見分時には、オーバーの左脇下に鈎ざきがあり、また、ヘルメツトの風防左前部、本体左前部、左取付金具に擦過痕があつたほか、左取付金具から右取付金具に向つて頭頂部が割れていたこと、同人には、口腔粘膜の挫創、左上肢(肩部後方および前腕)に皮下出血を伴う擦過傷があつたほか、成傷部はなかつたこと、死因は頭蓋底骨折であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  〔証拠略〕によれば、本件原付車の前後輪タイヤの右側には擦過痕があるほか、右側にあるマフラーは車輪によつて轢過された場合に生じるように押しつぶされ、後輪も右側面からの力の作用で内側に彎曲しフレームボデイの後部がめくれていたこと、他方同車の左側は、ハンドル部、前輪、後輪、チエーンケース、足掛け、スタンド等一面に舗装路面の様な平面と接触擦過により生成されたような擦過痕があつたこと、その他には、他車との接触痕はなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  以上の争いのない事実及び認定した事実からすれば、川越方面から進行してきた本件原付車は、<一>点附近において左(未舗装の外側車線)から右(新舗装の中央側車線)へ縦段差に乗り上げたか、あるいは、新舗装路面(中央側車線)を進行中縦段差にかかつて平衡を失い、左に傾いたまま<二>点近くまで進行して停止し左側を下に転倒し、その際資熙は左を下にして転倒し、路面に頭部を強く打ちつけこの衝撃により死亡するに至つたものと推断することができる。

ところで、右に認定した事実から、本件原付車の右側に右に述べたような転倒により生じたと認められない痕跡があること、同車が発見された位置も、転倒して停止したそれでないことが推認され、加え、被告国の主張する三(二)(1)(ウインカーガラス破片は、本件原付車のそれと見得るのでこれを除く)、(2)、(3)、(6)の事実も証拠上優にこれを肯認することができる。これらの事実からすれば、実況見分時の状況が、本件原付車が転倒したそのままのものではないといわざるを得ない。けれども、被告らが主張するように本件原付車がその転倒以前に他車との接触があつたとみるには、これを裏付けるなんらの形跡も見出されないので、右推論は憶測の域を出ないものとみるほかはない。

そして、右に述べた本件原付車の転倒のみでは生じ得ない痕跡、状況については、同車及び資熙がさきに述べた位置に倒れた後に、例えば、他車がこれを轢過する等の外力が加わり、また、一方、何者かが倒れた本件原付車を別紙図面<二>点附近から<ロ>点附近へ引きずる等したことが十分想定できる。

以上要するに、資熙は、本件原付車を運転して進行中、縦段差にかかつて転倒し、頭部を強打し、それが死因となつたことは動かせない事実というべきであり、右転倒だけでは考えられないような実況見分時の状況については、転倒後他車による轢過や本件原付車を引きずる等の事実が介在したことが推認できないけれども、十分想定は可能であり、これら想定をもつてすれば、さきに動かせない事実としたところは矛盾なく理解できるものである。

(四)  〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができ、証人小原勝洋の証言中右認定に反する部分は甲第九、第一一号証に照らし措信しない。

1  右国道の本件工事区間(前記約一・一キロメートル)は、昼夜を通じ車両の通行量が多く、ほぼ直線の平坦なしたがつて前方見とおしの良い道路で、国道両側は、工場、ガソリンスタンド、人家、畑地等であつて、国道に特段の照明設備はなく、夜間は明るくない。さらに、右国道の右工事区間附近の八王子方面に向つて左側は、埼玉県が工場団地として区画整理した地域で、街区として整い、右工事区間において国道と同側への道路との交差点は、二ケ所(うち、一ケ所だけが後掲横段差(別紙Ⅱ図面地点)より八王子側にある。その位置は、右横段差から約二五〇メートルである。)に過ぎず、また右区間の国道に接して八区画の工場あるいは運動場敷地(うち、横段差と工事区間起点の間は三区画)となつておりこれら敷地には歩道に接して金網鉄柵などが設けられ、前記交差点と右工場等の入口を除いては、人車の通行が考えられない構造となつている。

2  被告会社において請負つた右工事は、原道の車道部分(上下各一車線)の拡幅(八王子方面へ向つて左側へ)、舗装打換え、上乗せ(約二〇センチメートル)、歩道の設置又は改良(同側)を内容とするもので、その工事施行過程及び順序、時期は被告国主張((三)1、2)のとおりであつて、その工事段階に応じ車道に縦又は横の段差が生ずるものであり、夜間(午後五時過ぎ以降)は工事はそのままで休止される。

3  本件事故発生時の附近道路の状況をいえば、右工事区間(別紙Ⅱ図面間)―但し、上り外側車線の工事区間起点()と横段差()の間については4に述べる。1は、幅約一一メートルの車道はアスフアルト舗装工事を終えて既に黒つぽい平坦な新しいアスフアルト面を形成しており(但し、歩道やL字溝から見ると、僅かに低く、なお舗装上乗せ工程を残しているかに見える。)、上下車線の境目(位置は前記争いのない事実)には白い中央線の標示がある。右車道の八王子方面へ向つて左側は、順次L字溝、縁石、歩道とつながり、これら幅員合計は約二・六メートルであり、これらはなお一部完成をみないところである。

本件国道の工事終点(前記)から川越方面は、八王子方面へ向つて右側から、上下各一車線の中央線の標示のある、表面がよく整備されたアスフアルト舗装の車道未舗装部分、溝、舗装された歩道となつており、その全体の幅員は、本件工事区間の道路幅員とほぼ一致し、中央線、溝、縁石、歩道もそれぞれほぼそのまま本件工事区間のそれらとつながつているが、いずれも、本件工事区間のそれよりある程度低い位置にあつて、右未工事区間と本件工事区間の境界は、車道にあつては、舗装面の色調等の違いが顕著であるけれども、なだらかな勾配でつながつて、段差というほどのものではない。

4  別紙図面の間においては、本件事故発生当時の状況は、上り外側車線を除いては、同の区間のそれとほぼ同じである。上り外側車線の部分は、路盤工事が完成したうえに、アスフアルト安定処理がされていて、平坦で、その箇所自体では車両等の通行になんら支障はなく、縦段差をへだてた中央側車線とは表面の色調が類似している。別紙図面点(右舗装工事未了区間の終点)における外側車線の横段差には被告国主張((三)3)のような摺り付け(五ないし六センチメートルの段差を長さ一・六メートルのアスフアルト斜面でなだらかにしている。)が施されている。

5  本件事故発生時における工事施行や段差を標示する標識等の設置状況については、川越方面から右国道を進行して来る車両等に視認できるものについて述べると、

前記横段差の存する地点(縦段差のはじまる地点、別紙図面)の手前(川越方面を指す。以下同じ)約一〇〇メートル、約一九〇メートルの各地点の歩道上に「この先段差あり」と反射式塗料で記された高さ約一・五メートル、幅約〇・四メートルの立看板が、工事区間始点(点)手前(点から約六二〇メートル手前)の歩道及び車道未舗装部分には、工事区間、工事期間等を示す白色黒字の立看板二基、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令所定の「指定方向外進行禁止」(同令311―E)と「徐行」の規制標識と「工事中」(同2B)の警戒標識及び赤色回転燈(但し、当時点灯していない。)が点手前約八〇メートル(点手前約七〇〇メートル)の車道未舗装部分に「この先段差あり」と記された立看板、点手前一六〇メートル(点手前約七八〇メートル)、同約二六〇メートル(同約八八〇メートル)、同三六〇メートル(同約九八〇メートル)に工事中を示すつるはしの形状とともに「三〇〇M先」等と記された標識がいずれも車道未舗装部分にそれぞれ存した。そのほか、右工事区間(からまで)を通じて歩道端の縁石附近にセイフテイコーン、点滅灯(マツカーライト、但し、点灯の事実は認められない。)やバリケード(鉄製の低いもの)が二〇メートル位の間隔で存した(但しこれらは、昼間作業中に車道上、前記縦段差附近で用いられていたりしたのが、作業終了後車道外または車道端に片付けられていたものに過ぎず、その位置もところどころに存したというのが当つている。なお、本件現場の歩道端の縁石附近にもセイフテイコーン、点滅灯が存在したが、点滅灯も点灯されていたとは認められない。)

(以上のものを除いては、被告らの主張するような標識等―点約三〇メートル手前の「工事中」、「徐行」の標識あるいは回転灯など―の存在は〔証拠略〕に鑑み、到底認めることができない。)

6  資熙が転倒していた地点、本件原付車が縦段差にかかつたと認定する地点は、それぞれ、横段差の存する地点(地点)から八王子方へ約七五メートル、約六〇メートルである。

(五)  〔証拠略〕によれば、被告会社の本件舗装請負工事は、被告国(建設省大宮国道工事事務所)の監督の下に実施されたものであること、被告会社は右工事をするに際し工事現場の保安設備については、概括的には、右請負契約ならびに建設省と所轄狭山警察署との協議の結果により、同省側の指示に基き、具体的には被告会社の判断により、かつその従業員らの手で設置あるいは撤去されること、夜間等の工事休止中は本件道路が幹線道路であつて閉鎖すると交通に著しい影響もあるため、右指示に基いて被告会社において現場道路上の標識、保安設備を取りのけるなどしてこれを一般交通の用に供していたこと、また、工事期間中、保安設備の点検等のために事故地点より川越寄りの下り線側約六〇〇メートルの地点に事務所を設け、夜間は毎日一回見廻つて保安設備の状態等を点検していたこと、一方建設省大宮国道工場事務所も本件工事区間終点から川越寄り約三〇〇メートル地点に監督員の詰所を設け、昼夜随時現場を点検し、事宜により被告会社に所要の指示を与えていたが、そのほか、毎日の作業終了、道路全幅の供用開始に際して、現実に関与することがなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実に基いて考えるに、民法七一七条一項にいう「土地の工作物」とは、土地に接着して人工的作業を加えることによつて成立した物をいうと解せられ、被告会社は、夜間作業休止中である事故当時、前記のように国の監督指示に基いて本件現場道路を一般交通の用に供していたとしても、この間において右に述べた程度のもののほか、国側が工事現場の管理につき直接(被告会社を介しないで)具体的な関与をすることが予定されていない以上、被告会社が右請負工事期間中は、たとえ夜間等の工事休止中であつても、工事区間に属する本件現場道路を占有しているものというべきである。

(六)  そこで、現場道路の設置または管理に瑕疵があるか否かを検討する。

国家賠償法二条一項、民法七一七条一項にいう道路の設置または管理保存の瑕疵とは、当該道路が道路として通常具備すべき性質または設備を欠いていることをいうものと解すべきところ、道路の構造は、当該道路の交通状況を考慮し、安全かつ円滑な交通を確保できるに足りるものでなければならない(道交法二九条)から、道路の設置または管理保存に瑕疵があるか否かは、当該道路の通行が予定されている車両等にとつての安全性の有無によつて決せられることとなる。

しかして、本件段差は、前記のとおり、進行方向に対し縦断状に直角に呈した約六センチメートルの落差であるが、そのような道路を走行することが予想されている二輪の原付車にあつては、右程度の落差であつても、その走行に少なからず影響を与えるであろうことは明らかであり、段差の存在とその場所を認識し得る場合でなければ、段差にハンドルをとられて重心を失い、転倒する危険性があるものというべく、結局瑕疵の存否は、当該段差の存在を予め告知する等の保安設備の相当性如何にかかつてくるといえる。なお、原付自転車が道路の左側に寄つて通行しなければならないことは道交法一八条一項の明規することであるが、この規定は、原則的通行方法を示したものであつて、原付自転車が外側車線から中央側車線に進路変更することも全体的に禁止しているものでなく、そういうことも十分予想されることである。

では、保安設備の設置状況から、一般通行車両が縦段差の存在を認識することが可能か否かにつき検討するに、「この先段差あり」「工事中」等の標識は、認識し、また認識すべきであるが、未舗装車線とはいえアスフアルト安定処理を施して一般交通の用に供している以上、普通一般の運転者としてはある程度の注意をすれば通行できるものと考えられるものであり、工事区間が長く、路面がほぼ同色であり、特に夜間の場合、どこにどのような段差があるのか、何箇所あるのか見当がつかず、また縦断状の段差は特に看過されやすいものであるというべきところ、被告らは、転倒する危険性のある本件段差について、一般交通の用に供するからには、工事中であることは勿輪、段差の存在する場所を具体的に確認できるように、道路標識等により、あるいは段差附近にマツカーライトやセーフテイコーン、照明設備などを設置し、さらにはバリケードを配置するなどして周到に注意警告し、事故の発生を未然に防止すべきであるのに、前記認定の保安設備の設置状況では段差の存在が概括的に予告されてはいるものの、どの程度先の地点にあるのか明確でなく、またその他の道路標識からもこれを察知することはできなかつたものと認められ、これが満されないことは明らかであるから、本件道路の管理には瑕疵があつたものというべきである。(現に、〔証拠略〕によれば、本件事故発生の三日前にバイクが現場附近で転倒し、重傷事故が発生していることが認められる。)

そうすると、本件現場道路の管理に瑕疵があるから、被告国は、国家賠償法二条一項により、被告会社は、民法七一七条一項により、それぞれ原告らの被つた損害を賠償する責任は免れない。

三  損害

(一)  亡資熙の逸失利益

1  給料、賞与分

〔証拠略〕によれば、資熙は、死亡当時満四七才四ケ月の身体健全な男子であつて原告ら主張の会社に勤務し、その年間の給料、賞与の収入が一八一万二、七〇〇円であつて、それをもつて、妻(主婦である原告ミツエ)、子(大学生である原告吉実)と同居して、同人らを養つていたこと、右会社の定年が満六〇才であることが認められる。

右の事実によると、資熙は、本件事故にあわなければ、その後六〇才に至るまで少くとも一二年八ケ月間右程度の給料、賞与の年収を得、それより資熙の生活に必要な諸費用ないし税金等としてその三分の一を支出するものと推認するのが相当であるから、右逸失利益の昭和四五年一月一八日時の現価を、本判決前は単利(ホフマン方式)、その後は複利(ライプニツツ方式)により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、一一五三万八、七二二円となる。

2  退職金分

〔証拠略〕によれば、資熙は、事故当時、右会社でいう基本給料が月一〇万一、五〇〇円であつて右会社に定年に至るまで在職すると一七年八ケ月の勤続となること、右会社には、就業規則の性格を有する退職金に関する定めが存し、その内容が原告ら主張のとおりであることが認められる。

してみると、資熙は、本件事故にあわなければ、右会社に前記定年まで勤続して退職し、その際の基本給料は月一〇万一、五〇〇円を下らず、これを基礎に計算すると、右定年時に受けるべき退職金の額は一六九万一、六六六円を下らず、その昭和四五年一月一八日時の現価を本判決前は単利、その後は複利により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、九二万八、三六七円となる。

そうすると、資熙の退職金に関する逸失利益は、右金額から原告らが自認する既受領退職金額四八万七、八〇〇円を控除した四四万〇、五六七円となる。

(二)  原告らの相続

資熙の死亡により、原告ミツエは妻としてその三分の一原告吉実は唯一の子としてその三分の二宛を相続すべき地位にあることは当事者間に争いがない。

したがつて、資熙の逸失利益損害賠償請求権につき、原告ミツエはその三分の一にあたる三九九万三、〇九六円、原告吉実はその三分の二にあたる七九八万六、一九二円宛取得した。

(三)  原告らの慰謝料

〔証拠略〕によれば、原告ら主張((三)3)のような事実を認めることができる。その他本件に現われた一切の事情を考慮するときは、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額は、事故発生についての被害者の過失を考慮外とすれば、原告ミツエが二五〇万円、原告吉実が二〇〇万円を相当と認める。

四  過失相殺

〔証拠略〕によれば、資熙は、事故前夜、清酒、ビールを飲酒したうえ、午前零時過ぎ頃、川越市の勤務先工場にまわり、本件原付車を運転して帰宅する間本件事故となつたものであることが認められ、右認定に反する証拠はなく、資熙が事故当時サングラスをかけたまま原付車を運転していたと認めるに足りる証拠はない。

資熙の右飲酒運転の事実、前記認定の本件道路の保安設備の情況、本件縦段差の状況などを考慮すると、資熙が諸標識等に注意し、徐行しながら前方注視を怠らずに進行していたならば、本件縦段差を発見し、段差にハンドルをとられて転倒して死亡するに至つた結果を回避し得た蓋然性が高いと考えられる(資熙の事故による傷害の部位、程度、その衣服の毀損、汚損の程度および原付車の破損状況からして、資熙が当時さほどの高速度で走行していたとは認められない。)。

そうすると、本件事故の発生については、資熙の右のような落度もその一因をなしているものということができるから被告らにおいて負担すべきは、全損害のうち三割に当るものに限るのが相当である。

五  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告ミツエにおいて一九四万七、九二八円、原告吉実において二九九万五、八五七円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四五年一月一八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 田中康久 玉城征駟郎)

別紙Ⅰ

<省略>

別紙Ⅱ

<省略>